item38

マイノリティ・パブリッシャー

Posted : 2007/01/01
架空文庫:カバー 架空文庫:表紙

謹賀新年 & Bonne Année。
早くも呑み疲れの元旦の昼。一年の計というわけではなく、そもそも計画どおりの日々を送ったためしもないのだが、今年は何となく出版社をやってみたい気分なのである。とはいえ、かぎりなくゼロに近い資本しかないので、気負って目標とか計画とか呼べるほどの事業でもなし、新刊書を矢継ぎ早に出すなんて出来ないし、せいぜい一作品あたり百部ほど、セレクトは私の純粋な趣味で、ただひとえに、私の愛する書き手さん(または描き手さん)の作品を少しずつ、ゆるやかに、忘れた頃にカタチにしていくだけの話だが。

ちなみに上図は遊びで作ったサンプルである。『カンパネルラの暗号』なんて本は存在しないし、ジョヴァンニ・イーハートヴという作家も実在しない。「銀河鉄道の夜から七十五年の歳月が流れ、ある日、老いたジョヴァンニのもとにカンパネルラから謎めいた一通の手紙が届いた…」という、それらしい帯があるわけでもないし、誰かがそれを執筆中ということでもない。

スモールで私的な出版社であっても、印刷や製本は本格的にやりたいので、上図のような文庫本スタイルならば色厚紙の表紙+フルカラーのカバーを付ける予定なのだが、欲を言えば、ルリユール(装幀術)の作家さんと組んで稀少本が作れたらなお楽しいのに、と夢想したりする。

大部数印刷+全国流通というパブリッシングの常識にはもう飽きてしまった。電子出版にしても狙いはやはり多くを売ることであり、しかも特殊なデバイスや携帯向けなので、それらで読みやすい作品を作るという、本末転倒な、しかしその本末転倒に気付かない(あるいはドーデモイイ)読者を対象に頑張らなきゃいけない。まったくマジョリティとは退屈だなと思うばかりだが、まあそんな反動もあって、好きなものを好きなようにカタチにすることにした。ゆるい企画なので、ときおり、ゆるい報告を書かせてもらうかと思う。
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item37

mama!milk web by sb

Posted : 2006/12/23

mama!milk サイトが生まれ変わった。
といってもサーバをハイスペックなそれに移行させ、ブログエンジンを最新版にバージョンアップしただけで、テンプレートをリニューアルしたわけでもないから外観は何も変わらないのだが。

ちなみにmama!milkサイトはsbで動いている。旧サーバから新サーバへ引越するにあたり、sb標準機能のエクスポート+インポートを使ったのだが、欠番の記事IDが詰まってインポートされるという予期せぬ事態に遭遇した。これでは記事内の他記事へのリンクが不整合になってしまう。カテゴリIDでも同じことが起きていた。
解決策をいろいろググルのが面倒だったので、data および log ディレクトリを丸ごと移植するというチカラワザで対処することにした。img フォルダもついでに丸ごと移植した。エクスポート+インポートでは画像ファイルまで吐き出してくれないので、サーバから丸ごと移植するほうが何かと簡単かも。サイトURLが変わるなら、data/configure.cgi の srv_base と、log/cnt.js の Array img src を新しいURLに書き換えるだけでOKのはず。

それにしても時間と気持ちの余裕があればテンプレートを新しくしたいのだが。ここの別宅ブログもどうにかしたいんだけど、クリスマス時期は時間があると呑んだくれてばかりなので、どうにもならない。宵闇書房のトルキーさんが関わっている Shanty Templ@ers のテンプレを眺めて、きれいだなァと思うばかり。
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item36

サンタクロース文化圏

Category : 旅の記録
Posted : 2006/12/20

Cover Photo for Katati.com

カタチ本宅のカバーフォトをノエル(クリスマス)バージョンに更新した。
といってもギリシアの島の小さな教会の写真に替えただけで、しかも、またしてもそれが何処の島だったか記憶にない。アテネから近海クルーズのフェリーに乗り、エギナ、ポロス、イドラの三つの島を巡った。そのどれかである。写真を見てお心当たりのある方はメールフォームからこっそり教えていただけるとありがたい。

ちなみにアテネはお世辞にも見目麗しい都市ではなかった。
先のオリンピックでも問題になったが、光化学スモッグがひどいのである。最大の収入源が観光産業であり、歴史のあるお国柄ゆえ、地面を掘れば遺跡がごろごろ出てくる。それらは観光の目玉商品なので、当然、地下鉄工事より遺跡保存が優先される。旧市街地にしても観光優先で古代からの街並の改造などもってのほか。路面電車も無理だし、地下鉄も発達しないということで、市民の足はやむをえず自家用車に限られてしまうわけだが、その車たちがまたどれも恐ろしく年季が入っているのだ。
私が初めてアテネを訪ねたのはちょうど昭和天皇の崩御の月で、その頃から光化学スモッグの規制対策らしいことはやっていたようだが、その規制たるや、奇数日にはナンバープレートの末尾が奇数の、偶数日には偶数の車しか走るべからずというユニークな、しかし効果のほどが怪しい代物。市民の多くは奇数と偶数の両方のプレートをこっそり所有しており、毎日それを入れ替えているとのことで、まったくの死に法と化していた。
白い(はずの)大理石の街並は、年代物の車の吐き出す排気ガスのせいで灰色にくすみ、遺跡の街というより工業地帯のコンクリート倉庫群のような印象を与えた。アテネ巡りは一日で充分だ。スモッグから逃げ出して、あの青きエーゲの海へ向かうべし、ということで私はすぐさま船に乗り込んだ次第である。

ところでギリシアといえば、カトリックでもプロテスタントでもなく、ギリシア正教なので、クリスマスを迎えてもサンタクロースには縁がない。というか、そもそもキリスト教文化とサンタクロースは縁がない。あの赤と白のおめでたいコスチュームのじいさまはコカコーラ・ボトラーズのCMキャラクタから生まれた二〇世紀の神話であり、ニューヨーク市民の多くがオランダからの移民だったため、オランダの古代聖人ジンタクロスに因んで誕生させた商業戦略のたまものである。フィンランドのサンタクロースのふるさとにしてもフィンランド観光局によるアイデアだ。
世界中の人々がクリスマスを祝うという迷信ほど激しい迷信はない。非キリスト教圏の人口、アジアや中東、とくにインドや中国という巨大人口地帯を考えてみてほしい。サンタクロースに至っては盛り上がるのは日米韓だけと言っていいだろう。野球みたいなものであり、しかし野球は世界スポーツではない。
ゆえに、個人的なメッセージだが、娘よ。君はもう大人だし、クリスマスプレゼントは無いものと思ってくれ。
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item35

厳つい港とクレープ屋

Category : 旅の記録
Posted : 2006/12/19
Restaurant au Sant-Malo

本宅のアルバムを増殖する暇も気力もないので、ここで1枚ずつ写真をアップしながらおしゃべりを。
引き続きブルターニュの話である。上図はサンマロのレストラン。飾り物が可愛かったので思わずシャッターを切ったのだが、改めて見るとそれほど可愛いものでもないな。

サンマロは城塞の港である。いかつい建物が湾を囲み、市庁舎のファサードも厳めしい。重厚で、男くさい街であり、そのせいか、このレストランの飾り物が際立って可愛く見えたのだろう。
それともうひとつ、サンマロは「クレープの街」でもある。このレストランの入り口脇でもクレープを売っていたが、いたるところにクレープ屋がある。男くさい街のクレープ屋。この組み合わせはミスマッチのように思えるが、クレープの起源を考えるとそうでもないことが分かる。
海洋性気候で降雨量の多いブルターニュ地方は、海風のせいで塩分をたっぷり含んだ土壌であり、小麦や大麦の栽培には適さず、蕎麦を作らざるを得なかった。つまり貧しいゆえに、蕎麦粉のクレープ(ガレット)が広まったわけで、このあたりの事情は日本の蕎麦の歴史に似ている。

しかし私はこの蕎麦粉のクレープが苦手だ。私の身元引受人で、フランスにおける私の両親と言ってもいい老夫婦がフランスの歳時の習慣をおりおりに教えてくれるのだが、毎年二月二日のシャンドルール祭(ろうそく祭り)にクレープを食べる習わしがあり、その日が来るとご夫婦の家に招かれて、山のような量の蕎麦粉のクレープを食べなければならない。ざる蕎麦なら好物なんだが、ガレットはちょっとなぁ…。
小麦のクレープなら大好きだ。学生の頃、リュクサンブール公園の前に屋台を出すお気に入りのクレープ屋があった。フロマージュのクレープしかなく、今のような多彩なトッピングはなかったが、このフロマージュが抜群に美味かった。そんな思い出があったので、老夫妻から初めてシャンドルール祭のクレープ・パーティーに招かれたときは喜び勇んで出かけたものだが、伝統どおり、由緒正しく、蕎麦粉のそれを食わねばならないとは想定外だった。もごもごと機械的に噛んでは飲み下しつつ、ブルターニュの男たちは質実剛健だったんだなぁと思ったものである。

ちなみに私の娘はチョコレートを塗った小麦のクレープが好きらしい。クレープは菓子じゃないのだ。私も邪道だが、娘はもっと邪道である。
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item34

さいはての岬

Category : 旅の記録
Posted : 2006/12/15
le Conquet

先の話の続きになるけども、一連の写真がたくさん出てきて、どうやらあれは私が撮ったものらしいことが判明した。それに伴って記憶もいろいろ戻ってきた。その中の一枚、北フランスの西のはずれ、フィニテール(地の果て)という寂しい名を与えられた地方の最西端に位置するコンケ岬の風景。

この地方を始め、総じてブルターニュの海は干満の差が激しい。満潮時には時速四〇キロで潮が迫ってくる浜辺もあり、迂闊に浜遊びなどしていたら水死しかねない。それを利用した潮力発電所などもあるらしい。
コンケ岬もそんな危ない浜のひとつで、私が訪ねたときはちょうど干潮時で、小さな漁船の一群が干上がった浜辺に点在し、まるで船の墓場のような光景だった。ところが、浜の近くの寂れたカフェで一杯やっているうちに潮が満ちてきたらしく、小一時間ほどしてカフェを出たときには浜辺はもう浜辺でなくなり、満々と潮をたたえた湾に変貌して、そこに漁船が浮かんでいた。
最初、浜におりて散歩しようと思ったが、カフェの一杯のほうを選んで良かった。誰の小説だったか忘れたが、ブルターニュのどこかの浜辺を舞台にしたミステリーで、月別の干満時刻表のページをこっそり入れ替えて、ある金持ちを水死させるという殺人トリックがあった。えらく不確実な殺害方法に思えたが、コンケ岬の変貌を目の当たりにしたあとでは、確実に殺せないまでも可能性のある手法に思えてきたものだった。

それにしても寂しい岬だった。寂しがり好きにはたまらない場所だ。訪ねたのは晩秋の頃で、大きな台風がフランス全土を横断した直後だった。そのせいか恐ろしい勢いで雲が流れ、ときおり青空が見え隠れするものの、その青みはかぎりなく白に近く、南仏のけばいほどの濃い青空を見なれた私には薄ら寒く感じられた。地場産業は漁猟くらいで、年々過疎化が進んでいるらしく、浜に点在する漁船には廃船も混じっているという。どこの国でも北の暮らしは大変だ。漁に出ることなく満潮時にだけ浮かぶ船に、さいはての寂しい旅情を感じて悦に入っているのは私のような通りすがりの余所者だけだろう。

古い骨 Le Conquet

[追記]
上述のミステリの題名を思い出した。『古い骨』。作者はアーロン・エルキンズ。舞台は世界遺産に指定されたモン・サンミッシェル。

[さらに追記]
コンケ岬の満潮時の写真が見つかった。
潮が満ち、浜辺はすっかり湾になってしまった。
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