item8

おとっときの一冊

Posted : 2005/11/28

わたくしの生存証明とも言うべき企画スピイクスリリイ。第四回の出題者はヒビノアワのCHEEBOWさん。お題は《おとっときの一冊》である。いつものようにスピイクスリリイのまとめサイトのバナーを貼らせていただく。

speakslyly 前回もそうだったが、今回のテーマも私にはとても難しい。「おとっときの一冊」がとっさに思い浮かばない。どちらかと言うと辞書・辞典の愛好家なので『類語大辞典』や『図説死刑物語』などが思い浮かぶのだが、これではネタ的に面白くないし、グロいし、私としてもどんなふうに話をふくらませたらよいのか途方に暮れる。
ちなみに子供の頃はまったく本を読まない少年だった。小学校の六年間で読んだ本は『ロビンソン・クルーソー』くらいである。あ。これを書こう。「おとっときの一冊」とは呼べないかも知れないが、七歳から十三歳までのすこぶる多感な六年間は、五十歳から八十歳までの緩やかな三十年間よりも遥かに豊かではあるまいか。その年代を経験したことがないけども、そんな気がするので、そういうことだと断定して話を進めたい。

More read
Go to Top
item7

speakslyly - section.3

Posted : 2005/10/22

なんと1ヶ月半ぶりのエントリ、季節も夏から秋にかわり、いまや季刊誌のような有り様だ。巷では「失踪したらしい」とか「隠遁じゃないの?」とか「いや還暦だろう」とか言われながら、ありがたいことに下記バナーの企画のおかげで、否応なく(イヤじゃないです)定期的に生存報告できる幸せを感じている。

speakslyly

第3回のお題は、lomoさんの出題による下記のようなもの。
『私は如何にして心配するのを止めて結婚する(しない)ようになったか』
ううむ。本音で語らざるをえない厳しいお題だなぁ。ろくでなしな私の実態が赤裸々になってしまう。一般論でかわすこともできるんだが、そんな茶を濁すようなエントリでは、「この『speakslyly』というテキストリレー企画に参加したきっかけが参加者の皆さんと新しい交流ができればいいなぁと思ったからでした。そのためには己をさらけ出しお互いを知るのがいいのではないか」というlomoさんの意向にそぐわないし…。
うだうだ言ってないで、潔く「己をさらけ出し」てみようと思う。
ほんのちょっとだけ(いさぎわるい)

More read
Go to Top
item6

宴を終えて

Posted : 2005/08/02
山田さんの作品 7月最後の日曜日(31日)第2回バンド・デシネのイベントが盛況のうちに終了。前回に比べて参加作家も3倍に増え、お客さんも3倍に増えて、手応えのあるイベントになった。改めて、カフェソネスのスタッフ、紙芝居の声優さんたち、ミュージシャンの皆さんに心からの感謝を。なお第2回展の模様は、会場風景・アニメーション・紙芝居などを、バンド・デシネ・サイトを設けてウェブ上で公開する予定なのでお楽しみに。
サウンド系のカフェライブは多いのに映像系のそれは少ないなぁという思いから、軽いノリで始めた企画だが、手応えからして今後デカいイベントになっていきそうな予感。捕らぬタヌキの自画自賛で終わらぬよう第3回はいっそう充実させたい。というか参加スタッフのうち、いちばんシャキッとしなきゃいかんのは私なんだが…。
Go to Top
item5

青と白と海

Posted : 2005/08/02
Blue

つい先日ハラクロイ話を書いたばかりなのに早くも第2回目のお役目が…。盟友ユジロさんが「次は夏生まれの順で行こう」なんて言うものだから夏を起点にする誕生日の順番で私がトップバッターを勤めることに相成ってしまった。しかもクロイ話のあとはアオイ+シロイ話である。色付いてるのはナニゆえか。まったくネタが浮かばず、頭は白く、顔は青いんだが、どうせくだらん話しか書けないんだから、行き当たりばったりにおしゃべりしてみよう。

speakslyly 手元に本がないので曖昧な記憶で引用させてもらうが、リンドバーグ夫人の『海からの贈り物』の中に「いくたびも海辺で手紙を書こうとしたが、海辺の光に思考がとまり、一度たりとも書けたためしがない」というくだりがある。これを読んだとき、本当にそのとおりだと思った。

私は博多生まれで、子供の頃、博多湾の埋め立てが始まる前まで、海はとても近いものだった。現在でも都心部と湾岸はそれほど離れていない。タクシーのワンメータで博多港まで行くことができるが、そこはもう泳げる海ではない。埋め立て以外のさまざまな要因も加わって泳げる海は遠いものになってしまった。
夏生まれでもあり、臨海都市で育ったせいか、大人になってからも暑い土地、海に近い地方に恋いこがれ、南仏の地中海沿岸にあるモンペリエという街で家族と十年ほど暮らした。当時はインターネットなんてほとんど普及してなかったから、遠い日本の友人との連絡手段はもっぱら手紙であり、必然的に私は手紙魔になった。そして、先のリンドバーグ夫人のように、レターセットを持参して浜辺で手紙を書こうと試みたものだが、一行すら書けたためしがなかった。
夏の海は酒に似ている。海の青、砂の白、空の青、雲の白。それらのブルー&ホワイトの光景からして、まさに夏のカクテル・カラーであり、酒の効用と同じく、思考を停止させ、憂さを晴らし、人をしてケセラセラなエピキュリアンに成らしめる。仕事も約束も色恋もどうでもよくなり、ただもう青と白に焼かれて死んじまいたい至福感に包まれる。手紙なんて書けるはずもない。

以上、つらつらと書かせてもらったけど、それにしてもユジロさんがどんな考えでこのお題を出したのか知らないが、私の本質を語るにはもってこいのテーマだったな。ヴァカンスの目的はこの世の厄介ごとを一時的に忘れてアンチ・リアルな世界で遊ぶことだが、私はできるものなら一時的じゃなく、一生、非日常に身を置きたい。一生、遊び続けたい。人生をなめたい。努力は苦手だが、そのための努力だけは怠ってないつもり。胸を張って言える努力じゃないけども。
Go to Top
item4

私が腹黒な理由

Posted : 2005/07/29

先のエントリでお知らせした怪しげなテキスト企画が廻り巡ってやってきた。記念すべき第1回のテーマの出案者である我楽さん、2番手のもそさん、3番手のCHEEBOWさん、4番手の陽子さん、皆さんお疲れさま。
そして5番手であるワタクシ、しかもお題は「私が腹黒い理由」という、近頃まったく日焼けしてない腹白い我が身には何とも日焼けサロンなテーマなのだが、ぐだぐだ言わずにともかく行ってみよう。

speakslyly 腹黒い。濁らずに「ハラクロイ」と読んでほしい。グロイはグロさを連想させるが、クロイと清音で読むと、アオイ、シロイと同じようにニュートラルに聴こえてくる。

「無月」という季語がある。月が見えない曇夜のことだ。月がないのではなく、無月という月が心象に浮かんでいる。そういうことであるらしい。夏目漱石がワーズワースの「スターレス・ナイト」を「星くろき夜」と訳しているけど、これもまた俳諧精神から生まれた日本語ならではの訳だろう。
見えないが存在する。曇夜の月や星だけでなく、腹=心もまた見えにくいけども確かに存在するものだ。見えにくいから躍起になって伝えようとする人もいれば、人の心は伺い知れぬと諦めている人もいる。しかし、見えにくいからこそ人の世は面白く、あえて見えにくいままで良しとする人もいる。そういう人こそ、敬意を込めて「腹くろき人」と呼んで讃えたい。

そんなわけで私はもう久しく、ハラクロイという言葉を、好意や信頼を抱く相手を称えるための形容詞として使っている。
腹くろき心は量りがたい。そういう人は他人に自分の心を知ってほしいというつまらぬ渇望もない。かといって反社会的でもない。ごく普通に人の世の付き合いや常識やお約束を守り、無月という名の月のように、ただ静かに曇天のベールに隠れているだけだ。嗚呼なんと奥ゆかしくてダンディなのか。ジーク・ハラクロ♪

どんな言葉であれ、その意味合いには常にジェネラルとローカルとプライベートとミステーク(?)が付きまとう。ジェネラルな面だけで言葉を捉えてもつまらない。
ちなみにハラクロイという美しい言葉に熱いオマージュをささげる私の腹は、日焼けしてないのはもちろん、中身だって黒くない(と言っておく)

ということで、6番手のlomoさんにハイタッチ。

【注】企画の趣旨にのっとり、このエントリへの TrackBack Accept はオフにしています。このエントリに対するトラックバックは下記にて受け付けております。
speakslylyについて
Go to Top
Prev Page  | 1 | 2 | 3 |...| 8 | 9 | 10 |  Next Page