item20

愛犬日和

Posted : 2006/04/28
愛犬日和

自分で自分の尻を叩くためにお知らせを。
文芸サイト『マチともの語り』とタイアップして、近いうちに『愛犬日和』というサイトをオープン予定。ただいま鋭意制作中。もっと早くにオープンするはずだったのだが、三寒四温だったり、桜の花がきれいだったり、カフェウィークのイベントが楽しかったり、晩春の酒がうまかったりして延び延びになってしまった。しかしお知らせした以上、有言実行を目指したい。

ちなみにこれは愛犬自慢のサイトではなく、複数名の作家たちによる「犬にまつわる物語またはエッセイ」サイトである。人間が主人公の文芸が必ずしもハッピーエンドでないように、犬が主人公の物語も悲惨な結末が描かれるかも知れない。そういう意味でも、くどいようだが決して愛犬家のためのサイトではない。

マチともの語りさんから、NTTマーケティングアクト九州が発行する小冊子の春号企画として『犬たちがくれた素晴らしい物語』というテーマ(今年は戌年でもあるし)で何か書いてほしいと誘われたのがコトの発端だった。
ついでなので宣伝させたいただくけども、私の拙作を劇団ルースマンさんが朗読して下さり、現在『ポッドキャスト@FUK』で配信中。よろしければ私の駄作はともかく、他の作家さんの作品が素晴らしいのでぜひご傾聴のほどを。

私は猫好きでもあるのだが、今回は猫の話は措いて、あえて熱く犬を讃える話をさせていただく。
犬の魅力とは何か。独断で言わせてもらえば、それは人間臭さである。労働する猫は少ないけども、労働する犬は多い。警察犬、救助犬、牧羊犬、盲導犬などなど、犬たちは労働の汗を知っており、いまだ牧羊猫とか救助猫など聞いたことがない。猫はまあネズミくらい捕るだろうが、基本的に労働に役立たない愛人的動物である。ゆえに「猫の手も借りたい」というコトワザがあるのだろう。
昔、バスク地方(スペイン側)の山奥の村で、初秋の木漏れ日の下、うたた寝する牧羊犬に出会ったことがあった。その姿はいかにも疲労困憊、日々の過酷な労働の、ほんの束の間のささやかな休息を味わっているふうで、サラリーマンの後ろ姿の悲哀にも似た、ほろ苦い風情が感じられたものである。
こうした人間臭さこそ犬の魅力であり、猫のようにスマートではなく、ときにドン臭く、無闇に忠実で、お人好しだったりする彼らは実に物語になりやすいのではないかと勝手に想像し期待している次第なのである。

などとグダグダ言ってないで、さっさとサイトを作らねば。
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item10

理想の恋人

Posted : 2006/02/11
speakslyly

リレー式エントリ企画スピイクスリリイの第5弾は、もそさんからのお題で『理想の恋人』である。
参ったなぁ。またしても難解で赤裸々なテーマである。かなり長く人間をやってきたつもりだが、幼少期から老体の現在に至るまで、私のボキャブラリに『理想の恋人』というフレーズは存在しなかった。お題を頂戴して生まれて初めて考えてみたものの、さっぱり何も思い浮かばない。さて、どうするか。

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item8

おとっときの一冊

Posted : 2005/11/28

わたくしの生存証明とも言うべき企画スピイクスリリイ。第四回の出題者はヒビノアワのCHEEBOWさん。お題は《おとっときの一冊》である。いつものようにスピイクスリリイのまとめサイトのバナーを貼らせていただく。

speakslyly 前回もそうだったが、今回のテーマも私にはとても難しい。「おとっときの一冊」がとっさに思い浮かばない。どちらかと言うと辞書・辞典の愛好家なので『類語大辞典』や『図説死刑物語』などが思い浮かぶのだが、これではネタ的に面白くないし、グロいし、私としてもどんなふうに話をふくらませたらよいのか途方に暮れる。
ちなみに子供の頃はまったく本を読まない少年だった。小学校の六年間で読んだ本は『ロビンソン・クルーソー』くらいである。あ。これを書こう。「おとっときの一冊」とは呼べないかも知れないが、七歳から十三歳までのすこぶる多感な六年間は、五十歳から八十歳までの緩やかな三十年間よりも遥かに豊かではあるまいか。その年代を経験したことがないけども、そんな気がするので、そういうことだと断定して話を進めたい。

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item7

speakslyly - section.3

Posted : 2005/10/22

なんと1ヶ月半ぶりのエントリ、季節も夏から秋にかわり、いまや季刊誌のような有り様だ。巷では「失踪したらしい」とか「隠遁じゃないの?」とか「いや還暦だろう」とか言われながら、ありがたいことに下記バナーの企画のおかげで、否応なく(イヤじゃないです)定期的に生存報告できる幸せを感じている。

speakslyly

第3回のお題は、lomoさんの出題による下記のようなもの。
『私は如何にして心配するのを止めて結婚する(しない)ようになったか』
ううむ。本音で語らざるをえない厳しいお題だなぁ。ろくでなしな私の実態が赤裸々になってしまう。一般論でかわすこともできるんだが、そんな茶を濁すようなエントリでは、「この『speakslyly』というテキストリレー企画に参加したきっかけが参加者の皆さんと新しい交流ができればいいなぁと思ったからでした。そのためには己をさらけ出しお互いを知るのがいいのではないか」というlomoさんの意向にそぐわないし…。
うだうだ言ってないで、潔く「己をさらけ出し」てみようと思う。
ほんのちょっとだけ(いさぎわるい)

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item5

青と白と海

Posted : 2005/08/02
Blue

つい先日ハラクロイ話を書いたばかりなのに早くも第2回目のお役目が…。盟友ユジロさんが「次は夏生まれの順で行こう」なんて言うものだから夏を起点にする誕生日の順番で私がトップバッターを勤めることに相成ってしまった。しかもクロイ話のあとはアオイ+シロイ話である。色付いてるのはナニゆえか。まったくネタが浮かばず、頭は白く、顔は青いんだが、どうせくだらん話しか書けないんだから、行き当たりばったりにおしゃべりしてみよう。

speakslyly 手元に本がないので曖昧な記憶で引用させてもらうが、リンドバーグ夫人の『海からの贈り物』の中に「いくたびも海辺で手紙を書こうとしたが、海辺の光に思考がとまり、一度たりとも書けたためしがない」というくだりがある。これを読んだとき、本当にそのとおりだと思った。

私は博多生まれで、子供の頃、博多湾の埋め立てが始まる前まで、海はとても近いものだった。現在でも都心部と湾岸はそれほど離れていない。タクシーのワンメータで博多港まで行くことができるが、そこはもう泳げる海ではない。埋め立て以外のさまざまな要因も加わって泳げる海は遠いものになってしまった。
夏生まれでもあり、臨海都市で育ったせいか、大人になってからも暑い土地、海に近い地方に恋いこがれ、南仏の地中海沿岸にあるモンペリエという街で家族と十年ほど暮らした。当時はインターネットなんてほとんど普及してなかったから、遠い日本の友人との連絡手段はもっぱら手紙であり、必然的に私は手紙魔になった。そして、先のリンドバーグ夫人のように、レターセットを持参して浜辺で手紙を書こうと試みたものだが、一行すら書けたためしがなかった。
夏の海は酒に似ている。海の青、砂の白、空の青、雲の白。それらのブルー&ホワイトの光景からして、まさに夏のカクテル・カラーであり、酒の効用と同じく、思考を停止させ、憂さを晴らし、人をしてケセラセラなエピキュリアンに成らしめる。仕事も約束も色恋もどうでもよくなり、ただもう青と白に焼かれて死んじまいたい至福感に包まれる。手紙なんて書けるはずもない。

以上、つらつらと書かせてもらったけど、それにしてもユジロさんがどんな考えでこのお題を出したのか知らないが、私の本質を語るにはもってこいのテーマだったな。ヴァカンスの目的はこの世の厄介ごとを一時的に忘れてアンチ・リアルな世界で遊ぶことだが、私はできるものなら一時的じゃなく、一生、非日常に身を置きたい。一生、遊び続けたい。人生をなめたい。努力は苦手だが、そのための努力だけは怠ってないつもり。胸を張って言える努力じゃないけども。
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