愛犬日和

自分で自分の尻を叩くためにお知らせを。
文芸サイト『マチともの語り』とタイアップして、近いうちに『愛犬日和』というサイトをオープン予定。ただいま鋭意制作中。もっと早くにオープンするはずだったのだが、三寒四温だったり、桜の花がきれいだったり、カフェウィークのイベントが楽しかったり、晩春の酒がうまかったりして延び延びになってしまった。しかしお知らせした以上、有言実行を目指したい。

ちなみにこれは愛犬自慢のサイトではなく、複数名の作家たちによる「犬にまつわる物語またはエッセイ」サイトである。人間が主人公の文芸が必ずしもハッピーエンドでないように、犬が主人公の物語も悲惨な結末が描かれるかも知れない。そういう意味でも、くどいようだが決して愛犬家のためのサイトではない。

マチともの語りさんから、NTTマーケティングアクト九州が発行する小冊子の春号企画として『犬たちがくれた素晴らしい物語』というテーマ(今年は戌年でもあるし)で何か書いてほしいと誘われたのがコトの発端だった。
ついでなので宣伝させたいただくけども、私の拙作を劇団ルースマンさんが朗読して下さり、現在『ポッドキャスト@FUK』で配信中。よろしければ私の駄作はともかく、他の作家さんの作品が素晴らしいのでぜひご傾聴のほどを。

私は猫好きでもあるのだが、今回は猫の話は措いて、あえて熱く犬を讃える話をさせていただく。
犬の魅力とは何か。独断で言わせてもらえば、それは人間臭さである。労働する猫は少ないけども、労働する犬は多い。警察犬、救助犬、牧羊犬、盲導犬などなど、犬たちは労働の汗を知っており、いまだ牧羊猫とか救助猫など聞いたことがない。猫はまあネズミくらい捕るだろうが、基本的に労働に役立たない愛人的動物である。ゆえに「猫の手も借りたい」というコトワザがあるのだろう。
昔、バスク地方(スペイン側)の山奥の村で、初秋の木漏れ日の下、うたた寝する牧羊犬に出会ったことがあった。その姿はいかにも疲労困憊、日々の過酷な労働の、ほんの束の間のささやかな休息を味わっているふうで、サラリーマンの後ろ姿の悲哀にも似た、ほろ苦い風情が感じられたものである。
こうした人間臭さこそ犬の魅力であり、猫のようにスマートではなく、ときにドン臭く、無闇に忠実で、お人好しだったりする彼らは実に物語になりやすいのではないかと勝手に想像し期待している次第なのである。

などとグダグダ言ってないで、さっさとサイトを作らねば。