青と白と海
つい先日ハラクロイ話を書いたばかりなのに早くも第2回目のお役目が…。盟友ユジロさんが「次は夏生まれの順で行こう」なんて言うものだから夏を起点にする誕生日の順番で私がトップバッターを勤めることに相成ってしまった。しかもクロイ話のあとはアオイ+シロイ話である。色付いてるのはナニゆえか。まったくネタが浮かばず、頭は白く、顔は青いんだが、どうせくだらん話しか書けないんだから、行き当たりばったりにおしゃべりしてみよう。
手元に本がないので曖昧な記憶で引用させてもらうが、リンドバーグ夫人の『海からの贈り物』の中に「いくたびも海辺で手紙を書こうとしたが、海辺の光に思考がとまり、一度たりとも書けたためしがない」というくだりがある。これを読んだとき、本当にそのとおりだと思った。
私は博多生まれで、子供の頃、博多湾の埋め立てが始まる前まで、海はとても近いものだった。現在でも都心部と湾岸はそれほど離れていない。タクシーのワンメータで博多港まで行くことができるが、そこはもう泳げる海ではない。埋め立て以外のさまざまな要因も加わって泳げる海は遠いものになってしまった。
夏生まれでもあり、臨海都市で育ったせいか、大人になってからも暑い土地、海に近い地方に恋いこがれ、南仏の地中海沿岸にあるモンペリエという街で家族と十年ほど暮らした。当時はインターネットなんてほとんど普及してなかったから、遠い日本の友人との連絡手段はもっぱら手紙であり、必然的に私は手紙魔になった。そして、先のリンドバーグ夫人のように、レターセットを持参して浜辺で手紙を書こうと試みたものだが、一行すら書けたためしがなかった。
夏の海は酒に似ている。海の青、砂の白、空の青、雲の白。それらのブルー&ホワイトの光景からして、まさに夏のカクテル・カラーであり、酒の効用と同じく、思考を停止させ、憂さを晴らし、人をしてケセラセラなエピキュリアンに成らしめる。仕事も約束も色恋もどうでもよくなり、ただもう青と白に焼かれて死んじまいたい至福感に包まれる。手紙なんて書けるはずもない。