speakslyly - section.3
なんと1ヶ月半ぶりのエントリ、季節も夏から秋にかわり、いまや季刊誌のような有り様だ。巷では「失踪したらしい」とか「隠遁じゃないの?」とか「いや還暦だろう」とか言われながら、ありがたいことに下記バナーの企画のおかげで、否応なく(イヤじゃないです)定期的に生存報告できる幸せを感じている。
第3回のお題は、lomoさんの出題による下記のようなもの。
『私は如何にして心配するのを止めて結婚する(しない)ようになったか』
ううむ。本音で語らざるをえない厳しいお題だなぁ。ろくでなしな私の実態が赤裸々になってしまう。一般論でかわすこともできるんだが、そんな茶を濁すようなエントリでは、「この『speakslyly』というテキストリレー企画に参加したきっかけが参加者の皆さんと新しい交流ができればいいなぁと思ったからでした。そのためには己をさらけ出しお互いを知るのがいいのではないか」というlomoさんの意向にそぐわないし…。
うだうだ言ってないで、潔く「己をさらけ出し」てみようと思う。
ほんのちょっとだけ(いさぎわるい)
結論から言うと私にとって結婚は、死語であり、死んだ風習である。独身主義がいいと言ってるんじゃなく、男と女の共同生活という面では、結婚も同棲もなんら違わないだろうという意味で、そう思っている。最初の同棲は中学2年の頃で、以来、ウン十年間、相手は違えど、常に誰かと暮らしてきた。懲りないヤツだ。女好きであり、我ながら馬鹿だと思う。ゲンズブールの「女は嫌いだ。それなしではやっていけないから」という台詞を座右の銘にしているわけじゃないんだが。
とはいうものの、学生の頃に一度だけ結婚し、すぐに子供をもうけた。断わっておくけど(別に断わらなくてもいいんだが)できちゃった結婚ではなく、計画出産である。子を持つ親の心境とはどんなものか知りたかったし、この世に自分の係累をひとりくらい残したいと思ったし、子供の成長とともに変化するだろう長いかかわりを体験してみたかったからだ。ろくでもない判断ばかりしてきたが、この判断だけは正しかったと思っている。おかげでのその関係は私に多くの喜びをもたらし、いまももたらしてくれている。
この一回きりの結婚生活を振り返っても、同棲と違わない、というのが私の実感だ。その生活はパリのクリシー街の小さなアパルトマンで始まり、二十年後、南仏のモンペリエで終わった。娘(子供)が成人するまでの二十年間、まるで計算したかのように(元妻さんからは「計算したんでしょ」と厭味を言われるが)じっくりかかわらせてもらった。絵描きという零細自営業ゆえに、それに私はお世辞にも働き者じゃないゆえに、娘と一緒に過ごした時間はとても長い。
ちなみに元妻さんも日本人だったので、つまり互いの親族は遥か遠い日本にあり、義理の両親への年末年始のご挨拶とか免除される立場だったのも、結婚も同棲も同じという私の感覚が修正されずにここまできた一因なのだろう。
もう一つ付け加えるならフランスの婚姻には「入籍」という言葉はない。というか、儒教の影響だろうが、一家の長が戸籍筆頭者になるという制度は世界中で日本と韓国だけであり、その他の国では夫婦といえど、それぞれが戸籍筆頭者である。役所へ行けば、元妻さんは窓口の係員から旧姓で呼ばれる。ファイリング上そうなっていて、彼女の戸籍は彼女の旧姓のイニシャルであるSの窓口が扱う。警察署だの移民局だの、やたらと役所に呼び出される機会の多い外国人滞在者ゆえ、ツガイではなく個人、という念を押すようなこの扱いの繰り返しは、結婚も同棲も変わらん、という私の感覚をさらに補強してしまったように思える。
そんなわけで、人との暮らし(相手が恋人であれ子供であれ親であれペットであれ)は歳月を重ねるほどに抜き差しならない大きな意味があるのを認めるけども、結婚という約束ごとに関しては、それでもって「心配するのをやめて」というほどのターニングポイントとして重大だとは私は感じない。正論を言っているつもりはなく、幸か不幸かそんなふうに生きてしまった自分の人生の来歴から、そうとしか言えんなぁという話であって、広く啓蒙する気はぜんぜんない。
ついでに言えば、きょうまで生きてきて、自分のことを「心配」した経験があんまりない。生きる上での煩わしさや退屈さなら毎日のように感じているけども、心配という感覚は、自分以外の他者、娘や恋人や親や元カノや愛犬などの、「自業自得だろ」という一言では片付けられない愛すべきものたちにしか抱けない。我が身に関してなら、どんな目に遭おうと「自業自得」である。「心配」なんて言葉はこんなリスキーな生き方をしている自分が使うのは筋違いだと思っている。まわりから「だったらもっと堅実に生きろよ」と叱られるだろう。