item47

かぎりなく私的な

Posted : 2007/03/03
さいはて

昔の絵。fini terre。さいはて。木炭、黒曜石、顔料、テンペラ、油彩。
この世界の区分に倣えば私の描くものは抽象絵画やフィールドアートということになるらしいが、ご覧のとおり漠としたものを好んで描いてきたので、その漠とした空間に密度を持たせたくて、いつしか西欧中世の絵画にのめり込むようになった。
とはいえ、祭壇画の聖書世界に惹かれたわけではなく、ひたすらその技法にのみ魅せられた。金銀箔の燻し焼き、作為的な亀裂、手練りゆえに不揃いな粒子の顔料、雪花石膏によるアプソルバントな基底材、テンペラにワニスを重ねる過渡的な(疑似油彩画的な)繻子のような半光沢の輝き──。
祭壇画のモチーフよりその背景に塗り込められた絵具層ばかり眺めていたわけだが、それらの技法は祭壇画とはまったく異なる私の絵に大いに役立つものばかりだった。

マテリアルによって絵画が成り立っている以上、それらのマテリアルを狙いどおり十全に活かすための技法の熟練は、絵描きの一面、アルティザンという面で欠かせない要素なのだが、私の場合はそれが一面ではなく、全面であり、つまり私はマテリアルを使ってマテリアルを描いてきた。絵画が夢見る装置なら、物質そのものもまた夢の装置であり、イーゼルに架けたタブローでは希釈された絵具は流れるが、平らに置いたタブローではそれは垂直に染みていく。流れと染みの引力の夢は、自然の模倣ではなく、タブロー上での小さな自然、小さな地質学である。
そしてそれは描画のさなかに起こる夢なので、その夢に酔っているのは絵描きだけという、かぎりなく私的な話になるわけだ。
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item23

ロスコな日々

Posted : 2006/06/27
それぞれ

カフェソネスの姉妹店イコネ(憩根)が開店5周年を迎えたそうで、梅雨の晴れ間の昼下がり、タダ酒チケットをもらったので一杯やってきた。
昼のピーク時を終えて心地よく閑散とした店内。客はカウンターですでに出来上がっている友人のP子ひとりだけ。真昼の酩酊こそがサウスジャパン、博多ラテン区のトレンドなのである。なのか?

タダ酒のワインを愛犬にも舐めさせながら(うちの犬はワイン党)のんびりおしゃべりしていたら、スタッフから水羊羹をもらった。さらにダラダラしていたら、右図のパッケージの「おかき」をもらった。でもって帰りぎわにタケノコをもらった。もらってばかりだ。お布施で生きるのはこんな感じなんだろうか。

それはともかく、素晴らしいのは「おかき」である。いや、おかきの味ではなく、パッケージが素晴らしいのだ。右図を見てマーク・ロスコの絵を連想した貴女はぜひメールフォームからご連絡いただきたい。折り返しデートの約束メールをお送りするので。約束だけだが。

和の伝統色を横縞染めしたような配色は、まさにロスコの絵そのものであり、私がロスコに惹かれてしまう理由のひとつは日本人的な色感ゆえの親しみのせいかも知れないと初めて気付かされた。
あなどりがたい「おかき」である。能書きの画像を無断で使わせてもらったおわびに、この「ロスコおかき」の販売元『銀座あけぼの』さんの宣伝をしておきたい。商品名はもちろん「ロスコおかき」じゃなく、「それぞれ」と言うそうな。

Mark Rothko (Postcard Book)

敬愛するロスコふうのパッケージを破るのが忍びがたく、おかきはまだ食べていない。夏の夜、茶でも淹れてもらって、和の色の和の味をのほほんと楽しませてもらおう。
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