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かぎりなく私的な

Posted : 2007/03/03
さいはて

昔の絵。fini terre。さいはて。木炭、黒曜石、顔料、テンペラ、油彩。
この世界の区分に倣えば私の描くものは抽象絵画やフィールドアートということになるらしいが、ご覧のとおり漠としたものを好んで描いてきたので、その漠とした空間に密度を持たせたくて、いつしか西欧中世の絵画にのめり込むようになった。
とはいえ、祭壇画の聖書世界に惹かれたわけではなく、ひたすらその技法にのみ魅せられた。金銀箔の燻し焼き、作為的な亀裂、手練りゆえに不揃いな粒子の顔料、雪花石膏によるアプソルバントな基底材、テンペラにワニスを重ねる過渡的な(疑似油彩画的な)繻子のような半光沢の輝き──。
祭壇画のモチーフよりその背景に塗り込められた絵具層ばかり眺めていたわけだが、それらの技法は祭壇画とはまったく異なる私の絵に大いに役立つものばかりだった。

マテリアルによって絵画が成り立っている以上、それらのマテリアルを狙いどおり十全に活かすための技法の熟練は、絵描きの一面、アルティザンという面で欠かせない要素なのだが、私の場合はそれが一面ではなく、全面であり、つまり私はマテリアルを使ってマテリアルを描いてきた。絵画が夢見る装置なら、物質そのものもまた夢の装置であり、イーゼルに架けたタブローでは希釈された絵具は流れるが、平らに置いたタブローではそれは垂直に染みていく。流れと染みの引力の夢は、自然の模倣ではなく、タブロー上での小さな自然、小さな地質学である。
そしてそれは描画のさなかに起こる夢なので、その夢に酔っているのは絵描きだけという、かぎりなく私的な話になるわけだ。
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item25

Tシャツ考

Category : デザイン考
Posted : 2006/08/03
Teruhiko fujii animagraph #01

八月である。盛夏である。
振り返ると七月はひとつしかエントリを書いていない。ロリポブログ+ジュゲムさんは七月に数回、および今月初日にもサーバ障害があったらしいが、私のようなユーザには痛くも痒くもない。のほほんである。自慢にもならんが。

余談はともかく、本日のエントリのテーマは「Tシャツ考」である。
ドロップシッピング・サイトにTシャツ・デザインを送り始めたのがきっかけで、つい調子に乗ってカタチ・ネットという自前のショップサイトまで作ってしまった。左図はそのショップの目玉商品のひとつである。
必然的にその種の業界ネタが気になり出して、業者さんとメールのやりとりをしたり、関連サイトを渡り歩いたり、某巨大SNSのTシャツ関係コミュに参加したりなど、いつもの悪い癖だが、七月中は他のことを放り投げてTシャツ漬けの日々を送ってしまった。
その研鑽の甲斐あって、私もいまでは「Tシャツ考」なんてエントリを書くまでに成長した。偉いものである。しかし一夜漬け博士なので質問などしないでもらいたい。

さてそのTシャツだが、大別するとデザインの目的が三種類あることが判明した。メッセージ性、グラフィック性、ファッション性である。

まずはメッセージ性について。
これは分かりやすい。着用者の思想・信条・属性・嗜好などを他者にアッピールするTシャツのことである。NO WAR や I LOVE DOG などのロゴ、ゲバラやロックミュージシャンなどの崇拝または愛する人物(なぜかウォーホールっぽいモノが多い)のプリント、会社やグループのユニフォーム、贔屓球団のTシャツなどもこれに属すだろう。
自ら金を払って歩く広告塔になっていると言ったら身も蓋もないが、着用物にメッセージ性が含まれるなんてTシャツならではの現象であり、サブカル的に面白いと思う。

次はグラフィック性について。
アパレルのパターンデザインではなく、Tシャツをカンバスまたはアートボードと看做してそこにグラフィックを描く。この感覚は、かつての手染めの和服、羽織の裏地などに般若や毘沙門天を描いたりする発想と似ているし、大図柄の刺青にも似ている。まさに「彫り物を背中に背負う=グラフィックを着る」行為と言っていい。
先に述べたメッセージに近いものがあるが、何より大事なのは「絵柄の良さ」であり、その点で、必ずしも絵柄の良さを必要としないメッセージとは似て非なるものがある。

最後にファッション性について。
人が身にまとうものすべてをファッションと呼ぶなら、メッセージ性もグラフィックもファッションに含まれてしまうのだが、狭義でそれを語ると、プリントされるロゴや図案の善し悪しではなく、ボディの素材やパターンの品質の問題になるのではないか。
そして、これを言ってしまうと自分のやっていることの全否定になってしまうのだが、本当に美しいTシャツとは、厳選された素材とパターンによる、なんにもプリントされていない無地Tシャツに尽きると私は思っている。
いやまあ、こんな一夜漬け博士の戯れ言など聞き流して、我がカタチ・ネットでお買い物してくれる人こそ真に目の肥えたファッショナブルなユーザである。…と、いまさら言っても遅いか。

ごちゃごちゃと書き散らかしたが、所詮、たかがTシャツである。かっこ良ければいいのである。しかし、あれこれデザインを考えるにつれ、何が「かっこ良い」のか分からなくなってきたのも事実である。
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